男性育休は「家族のため」だけじゃなかった
― 従業員のためのサステナブルな環境づくり
2026.01.30
製造業は長らく「効率・低コスト・高品質」そんな王道の競争軸で発展してきた。しかし今、地球温暖化や人口減少、地域社会の縮小など、企業を取り巻く環境は大きく変わりつつある。いま問われているのは、短期的な成果だけではなく"いかに持続可能なかたちで事業を続けられるか"という視点。サステナビリティというと環境負荷やエネルギーの話が中心になりがちだが、製造現場における「人の持続可能性」をどう実現するかもサステナビリティの本質的な課題といえる。
IJTTでは、技術力を磨いてきた人材が、さまざまなライフイベントを乗り越えて長く働き続けられる職場づくりを進めている。そのひとつが育児休業制度(以下、育休)だ。近年男性の取得率も向上しつつあるが、製造現場では依然として「代わりがいない」「仕事が止まるのでは」という懸念が根強い。こうした状況の中、第2子誕生を機に育休取得に踏み切った従業員イシの行動は、現場に大きな変化をもたらした。
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家計をシミュレーションして不安を解消
イシは入社して17年目(当時はアイメタルテクノロジー)。北茨城工場でフォークリフトによる素材・完成品の運搬(出荷前の最終段取り)を担う。搬出のトラックドライバーが迷わず製品を受け取れるよう識別カードを付けるなど、細やかな配慮で生産現場の物流を支えている。
結婚は2019年6月。同年12月に長男が誕生し、2023年11月に次男が誕生した。
「今年小学校に入学する長男が産まれたときは、本当に大変でした。妻は産後、体調がすぐれず、自分は夜勤や残業もあって生活リズムが合わない。玄関のドアを開ける音で子どもが起きてしまい、口論になることもありました。心身ともに余裕がなく、正直あの状況には戻りたくないという思いがあります」
その経験から2人目の妊娠がわかった段階で、夫婦で育休取得を真剣に検討した。給付金や家計を徹底的に試算し、貯蓄額も踏まえて「どの程度収入が下がっても大丈夫か」を明確化。北茨城工場には男性の前例がなかったが、迷いを振り切ってチームリーダーに相談した。
「チームリーダーは、最初は驚いたものの『わかった、申請用紙をもらっておくね』とすぐに申請の準備を進めてくれた。勇気は必要でしたが、あの環境に戻る方が嫌だと思いました」
妻は職場の都合で育休が取れず産休のみ。そこで産休終了に合わせて、2024年2月からイシが育休を開始した。
育休で培われる、親としての『段取り力』
これまでも育児・家事は分担してきたが、育休期間中は夜中のおむつ替え、ミルクの準備、上の子の送迎や寝かしつけまで、育児・家事全般を自らが中心となって切り盛りした。仕事で培った段取り力を家庭で活かしつつ、日々の生活を通してさらにスキルアップしていった。
「育休を取得して、自分自身に余裕が生まれました。余裕があると、子どもにイライラせずに向き合えるし、子育てを楽しめる。家族の関係も、自分の価値観さえも大きく変わりました。所属チームがしっかり準備を進めてくれていたこともあって、仕事のことは一切気にならなかったですね。目の前の家族に集中することができました」
一度現場に戻ったものの、再取得しトータルで約1年の育休に。その間、現場は派遣スタッフの力も借りながら、チーム全体でサポートする体制を整えた。
チームリーダーは当時を振り返る。
「製造現場は一人ひとりの役割が明確で、欠員の影響が大きい。正直不安はありましたが、本人がしっかり計画を立てて相談してくれたこともあり、"チームで支えるべきだ"と前向きに受け止めました。育児は人生の中でも大きなライフイベントです。安心して休める環境を整えるのは上司の役割でもあると感じました」
育休前の引き継ぎは、業務フローの可視化や効率化を促し、結果としてチーム力の底上げにつながった。最初は「現場が回らないのでは」という懸念があったが、自然と協力しあう雰囲気が生まれ、一体感が強くなったという。コミュニケーションも活発になり、育休準備そのものが現場の"サステナブルな働き方"を考え直す契機になった。
育休取得後に芽生えた「環境をよくしたい」という視点
育休復帰後、イシの仕事への意識にも変化があった。
「もっと現場を良くするにはどうしたらいいか、自然と考えるようになりました。育休を取らせてもらった感謝が、職場への貢献意欲につながっている気がしますね。長く働ける環境を整えられるように、自分から動いていきたいですね」
現在は保育園への送り迎えのため、10時から17時までの時短で勤務している。チームには子育て世代も多く、理解がある一方で、戸惑いのような反応を感じる瞬間もゼロではない。それぞれ考え方があるので、それも当然のことと受け止めている。
「育休を考えたときに、相談しやすい環境だった。自分の後の世代にも同じ環境をつくってあげたいですね。だからコミュニケーションを大切にして、"気になることがあれば何でも言ってくださいね"と自分から話しかけるようにしています。言いやすい職場にすることが、結果的に辞めない職場につながると思うんです。それぞれの家庭の事情が尊重される職場でありたいですね」
これからの働き方と家族の未来
イシの現場復帰後、北茨城工場では育休を取得する男性従業員が増加している。一時的に家族を優先して現場を抜けても、これまでと同じように活躍できるという実績と、戻ってからの前向きな姿勢が相乗効果となって、育児をしながら働く人を尊重する風土を工場全体に広げている。もちろん、まだ制度としてすべての現場に平等に整った環境が整備されているわけではない。しかし、今後も試行錯誤を重ねながら、誰もが働きやすい職場となるよう取り組んでいく方針だ。
仕事と家庭の両面に余裕を生む選択肢――男性育休は、個人の成長だけでなく、業務フローの見直し、属人化の解消、女性活躍の促進、そして組織力の強化にもつながる。低コスト・高品質に加え、「長く働ける仕組み」を掛け合わせた持続可能な現場へ――。意識は、着実に変わり始めている。
