工場はこうして続いてきた
―北上工場と歩んできた現場の記録―

2026.06.30

「週休3日って聞いて入社したんですよ」
そう笑うイシカワに、「それは聞いたことないですね」と穏やかに返すヤマモト。
同じ北上工場 北上製造部 製造第1部で働くふたりだが、その入り口も歩み方もまったく違う。
新卒で北上工場の立ち上げから現場に立ち続けてきたイシカワ。そして中途で入社し、20年かけて現場をまとめる立場になったヤマモト。共通しているのは、「ここで働き続けている」という事実だ。特別な理由があったわけではない。なぜ、これほど長く続けられるのか、その答えは日々の仕事との向き合い方の中にある。

 

稼働する前に、工場を「つくる」仕事があった

イシカワが入社した1992年、北上工場はまだ建設中だった。IJTTの前身、いすゞキャステックの1期生として新卒で入社したものの、 すぐに現場に入ったわけではない。最初の2年間はいすゞ 自動車の川崎工場で研修を受け、造型ラインの基礎を学んだ。
北上に戻ってきたのは、ちょうど設備の据え付けが行われている真っ最中だった。
 

「とにかく分からないことだらけでしたね」
設備は海外製で、マニュアルにはドイツ語が並んでいた。無理やり日本語に訳してもらったものの、技術的な意味まではすぐに理解できない。アラームが鳴っても、どこが原因なのかすぐにはわからず、ひとつずつチェックするしかなかった。
試して、止まって、直して、また試す。振り返れば大変な時期だったはずだが、イシカワは「つらかった記憶はあまりない」と話す。理由は単純。「どうやったらうまくいくか」を考えること自体がおもしろかったからだ。

一方のヤマモトは、2004年に中途入社した。前職は環境系企業の研究職。故郷で働くためIJTTの門を叩いた。最初の配属は技術部で、 材料手配や生産計画を担っていた。そのときに見た北上工場の姿は、決して順調なものではなかった。
生産量は多く、計画に追いつかない。工場全体がフル稼働の状態だった。

「第1工場に続いて第2工場もできて、本当に忙しかったですね」


立場は違っても、ふたりが向き合っていたのは同じ『現場』だった。

人生は、仕事だけでできているわけじゃない

イシカワが北上に配属になった当時の勤務は2交代制。朝番は6時から働けば、午後は自由な時間だった。川崎から戻るときにマツダのRX-7を購入。細部までチューニングし、徹底的にクルマと向き合った。
「お金はかかるけど、そのために働いている感じでした」
仲間と出かける時間も含めて、それは仕事と並ぶ大切な時間だった。子どもの部活の送迎を機にファミリーカーへ乗り換えた今は、バイクというかたちでその楽しみを続けている。

一方のヤマモトは、家族との時間に重きを置く。休日は子どもとドライブに出かけ、道の駅を巡る。以前は釣りにもよく出かけていた。
「遠くまで行くのが好きなんですよ。知らない道を走るのが楽しくて」
共通しているのは、仕事が人生のすべてではないということ。だからこそ、無理なく働き続けられる。仕事以外の軸が、それぞれの働く理由を支えている。
 

キャリアは「環境」より「向き合い方」で決まる

イシカワは30年以上、ヤマモトは20年以上、この工場で働いてきた。しかしふたりとも「特別な理由」があって続けたわけではない。目の前の仕事にどう向き合うか、どう工夫するか、どう距離を取るか。何かを選び続けた結果というよりも、「与えられたものにどう向き合うか」の積み重ねだ。
それによって、仕事の意味も、キャリアの形も変わっていく。

ヤマモトは言う。
「悩んだら、周りに聞けばいいんですよ。意外と解決します」
イシカワは言う。
「おもしろさを見つけられれば、自然と続きますよ」
最初からやりたい仕事でなくてもいい。

現場は、最初からすべてが整っているわけではない。自分たちで試行錯誤しながら、最適な仕組みをつくりあげ続けていく。その終わりのない営みこそが、この仕事の醍醐味だ。
わからないものをそのままにせず、試して、直して、また試すという、未知のものでも形にしていく力。
北上工場の1期生が積み重ねてきた歴史は、いまもなお、ここに息づいている。